横田基地の歴史

名前の由来
横田の名前の由来は村山町(現在の武蔵村山市)の字名である「横田」をとって横田飛行場(基地)と称されることとなった。

横田基地の歴史
もともと横田基地は1940年に旧日本陸軍の多摩飛行場として作られ利用されていました
その後1945年の終戦後にアメリカの進駐軍に接収されました。
1946年の8月15日に3TFW(第3爆撃飛行大隊)が厚木から移動し横田基地がOPENされた。
当初1300メートルだった滑走路も朝鮮戦争 (1951年から1952年)の勃発により拡張され
さらに1955年に滑走路及びオーバーラン延長が決定され、北側に拡張用地及び航空障害物制限区域等約50万平方メートルが提供され、昭和35年には面積約700万平方メートル、滑走路3,350mとなった。
1969年立川基地の飛行活動が停止して空輸部隊(C-130)等が移駐しました。その後1971年に、戦闘機部隊の沖縄への移動に伴い兵站基地としての機能強化、またベトナム戦争に伴い輸送基地として強化された。
1973年1月に関東空軍施設整理統合計画(KPCP)が決定。その後数年かけて住宅275戸、在日米軍司令部、病院、倉庫等が建設された。
国道16号線拡幅による基地一部返還等が行われ、関連施設の移設工事や
1979年から在日米軍施設の日本側経費負担による施設整備が行われた。
これにより現在ある高層住宅(タワー)やゴミ処理施設等が建設され現在の形になっている。